新型アクセラ試乗

早起きして横浜のマツダR&Dをベースに行われている新型アクセラの試乗会へ。1,5リッターとアイドルストップ付きの2リッター、そしてイマドキ希少な2,3リッターターボ(6速マニュアル)を試す。2リッターモデルはコース内で試乗済みながら、公道で乗ると一味違います。レポートは週末にオールアバウトで。

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会場にはビアンテのアイドルストップ付きも用意されてました。プリウスという強力なライバルが存在していないためか、アクセラより激しく割高。ビアンテこそ魅力的な価格で販売すれば売れるかもしれないのに……。最近マツダに限らず、商品企画担当の”切れ者”が少なくなってきたのか?

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終了後、幕張に移動してストリームのマイナーチェンジモデルの試乗会。価格キープでサイドエアバッグ、VSC、バルブマチックエンジン、CVT、一クラス上に見えるボディを加えたウィッシュをどう迎え撃つのかと思いきや、何のテコ入れも行わず。これじゃディーラーの営業担当だって売りにくいだろう。

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このあたりを聞いてみたら「とにかくディーラーにおいで頂き、見積もりを出させて欲しいです。その上でウィッシュと比べて見て下さい」。頑張りますから、ということらしい。クルマの仕上がりは相変わらず文句なし! ストリームって日本車TOP5に入ると思う。終了後、撮影を一件。

そうそう。昨日のTOPに松下さんが反論してました。曰く「ダンプカーが爆音のようなクラクションを鳴らして歩行者を蹴散らすように走っていくのと、ハイブリッドカーが(たとえば)風鈴のような音色を聞かせることで存在に気づかせて道を譲らせることとの間に、どれだけ本質的な違いがあるのかということです」。

街中で100km/hの速度違反するのと高速道路での1km/hオーバーとの間に本質的な違いは無いという。その通りなのだろうけれど……。原理主義と論争して勝つの、非常に難しい。

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2 Responses to “新型アクセラ試乗”

  1. らく より:

    初めて投稿させていただきます。
    国沢大兄のブログは楽しく、まじめに毎日見せていただいています。
    柱の位置が変わらない視点は、私の生活にも重要な位置を占めていて、
    影ながら応援させていただいておりますが、今回は少し書かせていただきます。
    プリウスが後から近づいて来た時のサインとしての音については、
    その重要性は持たざる者には解らないという辛辣な意見を持っています。
    私は初代プリウスを15万㌔乗りましたが、何十度も必要性を痛感しました。
    もはや当たり前としての必要性であり、意見としての必要性では有りません。
    数年所有した人で有れば、それをダメだとする視点に立つことは無いでしょう。
    問題はそれを問題と思う人によってのみ問題となるのであって、
    問題を問題と思わない人にとって問題は存在しないのでしょうから、
    そこに意見の一致は無いのでしょうが、原理主義者の視点にはガッカリです。
    でもその意見は、やがて仕事に差し支える様になると思われますが・・・
    自動車評論家と言われる人の中には、
    仕事柄、合理的ではなくても自動車を何台も複数所有されたり、
    問題点を授かる事が出来るために旬の車に長く乗る事を通じて、
    自分の意見を強制修正している人が多いとは思いますが、
    最近は、そうでない人もおられるようですね。努力不足です。
    私は車が好きで、20年以上常に4台以上の複数所有を心がけてきました。
    自分で運転して走った距離は200万㌔を超えました
    (もちろん自家用車での走行距離です)
    そのお陰で偏った意見にならなくなった事を幸せに思います。
    原理主義者との論争は不毛ですが、結果論で考えれば明らかです。
    現在、納車待ちの20万台のプリウスが市場にあふれた時、
    その人達の多くは、原理主義者では無く現実主義者としての主張をされます。
    その来るべき時の為に、意見を逃がしておく必要が有るでしょうに。
    僕は松下さんのブログにもちょくちょく行っていたのですが、
    そういえば、最近は行かなくなっている感じがするのは偶然では無いのでしょうね。
    これからも素晴らしいブログをよろしくお願いします。

  2. 蒼いRX-8 RS より:

    はじめまして、こんにちは。
    ベストカーなど、国沢さんの歯に衣着せぬ記事が好きで(だた賛同出来る、出来ないは別としまして ^ ^;)よく読んでいましたので、国沢さんのHPにも、ちょくちょくお邪魔させて頂いてました。
    さて、本題ですが
    なんか、松下さんのおっしゃっている事に違和感があるんですが。
    >「ダンプカーが爆音のようなクラクションを鳴らして歩行者を蹴散らすように走っていくのと、ハイブリッドカーが(たとえば)風鈴のような音色を聞かせることで存在に気づかせて道を譲らせることとの間に、どれだけ本質的な違いがあるのかということです」
    行われているその行為の意味が、ずれてるような気がします。
    この場合ですと、ダンプの行為は「威嚇」でしかないですが、プリウスのようなメイン電気で走れるようなクルマですと本当に静かすぎるくらい、静かですから「認識してもらう」という意味合いでつけようよ、という事であると思いますので(もちろん、でかい音量で鳴らせば別の意味になってしまいますけど)。
    で、もうひとつ
    >街中で100km/hの速度違反するのと高速道路での1km/hオーバーとの間に本質的な違いは無いという。
    「違反」という事だけ言えば、そうかもしれないですけど、現実に照らし合わせると、さすがに違和感の塊になりますね。
    たとえば、市街地で40km道路上で100kmオーバーですから、140kmもの速度で疾走された場合、想像するまでもなく、凄まじい状況ですよね(事故を起こさなかったとしても、ものすごく目立ちますし、目撃者はさまざまな思いにかられるかと)。
    これを高速に舞台を変え、例えば同じ速度(140km)だとして、もちろんよくはないですが、場所が場所なだけに、見た人は街中で目撃するのとは違う思いを持つと思うんですよね。
    なんといいますか、実際の状況を考慮せずに考えると「そう」なのかもしれないですけど、現実は全く違いますし。
    「TPO」という言葉が現実ではよく働いているのは、ご存じじゃないのかな?
    ちょっと強引かもしれませんが「グローバルスタンダード」の意味を「国際的に標準(もしくは流れみたいな事)とされてるんだから、従うべき」ととらえ、実際は国ごとに物事の捉え方のちがい、文化の違いがあるのに、それらを無視してでも従うべきだみたいな考え方のような気が(例えば、これも強引ですけど「納豆を食すのは健康上いい」みたいな事が国際的な流れだからと、ムリヤリ食文化変えてまで世界中の人に食わすようなもの。ちと強引ですけどね ^ ^;)
    松下さんは自動車評論家として、もちろん存じ上げてますけれども、評論家なんですから、世の中とずれた思想を是とするのは、ちょっとどうかな?と思ってしまいますね(もちろん、色々な思想あってこその世だと思いますんで、それらの考えを完全に否定するわけではないですが、世の中に「発言」するには配慮が必要だと思うので)。
    初めての書き込みで、イキナリの長文、失礼いたしました。
    では、失礼いたします。

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